…to be continued
ティーン・アイドルの狂騒(1973 – 76年)
1970年代中期、プログレッシヴ・ロックやハードロックが音楽シーンを席巻する一方で、若年層の熱狂を生んだのが、いわゆる"ティーン・アイドル"系ポップ・バンド――その象徴がスコットランド出身のベイ・シティ・ローラーズだった。
1973年にイギリスでリリースされた「サタデー・ナイト」は、シンプルで高揚感に満ちたコーラスとビートで75年に全米で大ヒットを記録。タータン・チェックの衣装や親しみやすいキャラクターが世界的に人気を集め、ファン文化やグッズ展開が一体化したアイドル・ポップの原型を形作った。
一方、無名時代のベイ・シティ・ローラーズにも在籍していたデヴィッド・ペイトンが結成したパイロットは、1975年に「マジック」をヒットさせた。ただし、彼らはアイドルというよりも、楽曲の完成度や演奏力の点で高く評価され、メンバーたちは後にケイト・ブッシュやアラン・パーソンズ・プロジェクトなどの作品で幅広く活躍していくことになる。
この時期、アイドル的な人気を得るバンドは他にも次々と登場していた。「シュガー・ベイビー・ラヴ」(1974)のヒットでドゥーワップ調の甘いコーラスと親しみやすいビジュアルを結びつけたルベッツや、「フォックス・オン・ザ・ラン」(1975)に代表されるグラム・ロックの派手さとキャッチーなメロディを融合したスウィートなど、様々なスタイルのバンドが若者たちの注目を集めた。
アロウズの「アイ・ラヴ・ロックン・ロール」(1975)は、彼らの出演番組を見たジョーン・ジェットが後年カバーし、世界的ヒットとなる。ティーン・ポップ発の楽曲が時代を越えてロックのスタンダードに成長し得ることを示した好例だろう。
「すてきなサンデー」(1976)をヒットさせたバスターや、ベイ・シティ・ローラーズの元メンバー、イアン・ミッチェルが結成したロゼッタ・ストーン、パット・マッグリンが結成したスコッティーズなどもテレビや雑誌と連動し、特に日本では若年層から多大な支持を得た。
70年代のティーン・アイドル的な熱狂は、80年代に入るとMTVの普及によって変化していく。デュラン・デュランやカルチャー・クラブ、ワム!らは、若年層の支持を集めるという点では共通しながらも、ファッション性や映像美、自己演出を武器にして、より広い層へとアピールする"ポップスター"だった。
そして90年代には、バックストリートボーイズ、イン・シンク、ボーイゾーンといったボーイバンドが世界的な人気を博し、ティーン層の圧倒的な支持を集めた。
さらに現代では、BTSのように、SNSによるグローバルなファンコミュニティを基盤にして支持を広げる存在も現れ、その熱狂はリアルタイムで国境を越え共有されるものとなっている。
70年代中期、ベイ・シティ・ローラーズを象徴とするティーン・アイドルの狂騒は、一過性の流行として急速に燃え上がり、短期間で鎮火していった。しかし、アイドル・ポップの魅力は、いつの時代でも若者たちの心を強烈に惹きつける。今後も次々と新たなアイドルが現れ、メディアの進化や時代ごとの感性をまといながら、若者たちの狂騒は絶えることなく繰り返されていくに違いない。