…to be continued
英国ルーツ・ロックの系譜 ― 土と汗のロックへの回帰
グラムロックのきらびやかさやプログレッシブ・ロックの壮大さが表舞台を彩っていた時期のイギリスでは、それらとは対照的なサウンドも広まっていた。ブルースやR&B、ソウルに深く根ざした、荒削りで人間臭いロックだ。
この流れの前史として、1960年代後半には英国ブルース・ロックの盛り上がりがあった。クリーム、ヤードバーズ、ジョン・メイオール&ザ・ブルースブレイカーズなどが登場し、ブルースやR&Bを基に荒々しい演奏スタイルを確立していた。
そして70年代初頭、ルーツ回帰を打ち出したローリング・ストーンズや、シンプルなブルース・ロックで存在感を示したフリーの登場は、ルーツ志向ロックの流れを決定づけた。
また、グラムロックやプログレッシブ・ロックに見られるような作り込まれたサウンドとは対照的に、ライブ感や即興的な躍動を重視するフェイセズは、ロックの原点回帰を体現していた。代表曲「ステイ・ウィズ・ミー」(1971)に詰まったグルーヴと、ざらついた熱気は、その象徴と言えるだろう。
トラフィックはより内省的で、ジャズやフォークの要素も取り込みながら、自然に流れるようなサウンドを展開した。「ジョン・バーレイコーン・マスト・ダイ」(1970)などに聴かれる長尺のうねりは、後のジャムバンドやAOR的感覚にも通じるものだった。
こうしたスタイルは、いわゆるブルース直系のロックとはやや異なるが、英国トラッドやフォークへの回帰という意味で、ルーツ志向の広がりを示す存在でもあった。
一方、ハンブル・パイはライブを徹底的に押し出し、ブルースを基にした熱い演奏で観客を圧倒した。
そして、この流れを次につなげたのが、フリーの中核メンバーを中心にして結成されたバッド・カンパニーだった。彼らはフリーの骨太さを受け継ぎながら、さらにシンプルで力強いサウンドを展開し、アメリカでも大きな支持を集めた。
60年代末のアメリカではオールマン・ブラザーズ・バンドなどが、70年代前半にはレーナード・スキナードなどが、ブルースとカントリーをベースにしたロックを追究しており、英国のルーツ志向ロックとアメリカ南部のロックは、互いに呼応しながら躍動していた。
そして英国では、この流れが後に、より簡素で直接的なパブ・ロックへとつながり、さらにパンクの爆発を生み出していくことになる。