…to be continued
"シンガー・ソングライター"の時代〈アメリカ編〉(1968‐73年)
1960年代末期、アメリカのミュージック・シーンでは、カントリー・ロックやサザン・ロックなど、自らのルーツを辿るような動きが現れ、次第に個人の内面を見つめる時代へと移っていった。社会を映す歌から、心の内を見つめる歌へ――やがて、私小説的な歌を作り、自ら歌うミュージシャンたちに対して"シンガー・ソングライター"という呼び名が広く使われるようになった。
1968年、ジェイムス・テイラーがデビューアルバム『ジェイムス・テイラー』で登場する。
薬物依存や入院を経験した彼の歌は、理想ではなく現実の孤独や再生への思いを描いていた。「ファイアー・アンド・レイン」(1970)には、亡くなった友人への追悼と、自分自身を見つめる痛みが滲み、その静かな声が多くの人の心に届いた。後年、彼は「70年代初めは、みんなが"自分のこと"を歌おうとしていた時代だった」と回想している。
60年代にブリル・ビルディングで数々のヒット曲を生み出したキャロル・キングは、夫ゲリー・ゴフィンとの離婚を経て1971年、ソロアルバム『つづれおり』を発表。 "自ら歌うソングライター"へと大きな一歩を踏み出した。彼女は後年の自伝で「もう誰かのためじゃなく、自分の言葉で歌いたかった」と述べている。
"サイモンとガーファンクル"を解散したポール・サイモンも、政治的なメッセージではなく、日常の中で生じる感情を描こうとしていた。ソロとしてのデビュー・シングル「母と子の絆」は軽やかなリズムに乗せて、別れと再生を静かに歌い、多くの共感を集めた。
カーリー・サイモンは、恋愛をめぐる皮肉とユーモアを込めて「うつろな愛」を歌い、キャロル・キングやジョニ・ミッチェルと並んで、女性の内面を率直に語る新しい時代のアーティストとなった。
ジャクソン・ブラウンは「ドクター・マイ・アイズ」(1972)で、若さの中で見た痛みと無力感を歌い、ジョン・デンバーは「カントリー・ロード」(1971)で、自然と人の調和を求める心を軽やかに歌い上げた。
一方、ジム・クロウチは、建設現場やバーなどで働きながら曲を書き、「タイム・イン・ア・ボトル」や「オペレーター」といった、ささやかな日常を見つめる歌を残した。彼は「普通の人々の話をしたかった」と語り、早すぎる死を迎えるまで、市井の人々の心に寄り添う歌を作り続けた。
2020年にローリング・ストーン誌が選出した〈歴代最高のアルバム500〉で、1971年にジョニ・ミッチェルが発表した『ブルー』が第3位に選ばれたことは記憶に新しい。このアルバムで詩情豊かに描かれた恋愛や旅、孤独や再生、別れの痛みと自由への憧れといったテーマは、発表から半世紀以上を経た今も、人々の胸に強く響いてくる。
1960年代の終わりから70年代初頭にかけて現れたシンガー・ソングライターたちは、60年代に数多く作られたプロテストソング、メッセージソングとは異なり、自分自身の心を見つめる日常的で身近な歌を作ろうとしていた。そして、その姿勢は、70年代以降のウェストコースト・サウンドやAORへ、さらには80年代以降のオルタナティヴやインディ・シーンへと受け継がれていくことになる。