夢の終焉 オルタモントの悲劇、ロックスターの死 (1969‐70年)

1969年の夏に開催されたウッドストックは「愛と平和」の理想を掲げた若者たちの祝祭として記憶されている。だが、同じ年の冬、カリフォルニア州オルタモント・スピードウェイで開かれたフリーコンサートは、その夢を無惨に終わらせることになった。

主催したのはローリング・ストーンズ。彼らの全米ツアー最終公演として計画された「西海岸版ウッドストック」は、グレイトフル・デッドやサンタナ、ジェファーソン・エアプレインらが出演予定だったが、機材トラック周辺の警備を暴走族ヘルズ・エンジェルスに依頼したことが悲劇の火種となった。

1969年12月6日、ストーンズが「アンダー・マイ・サム」(一部報道では「悪魔を憐れむ歌」とも伝えられた)を演奏中、観客の黒人青年メレディス・ハンターが混乱の中で刺殺された。その瞬間はドキュメンタリー映画「ギミー・シェルター」(1970)に記録され、60年代カウンターカルチャーの終焉を象徴する出来事として語り継がれている。

ドキュメンタリー映画「ギミー・シェルター」予告編

この年、ストーンズを去ったブライアン・ジョーンズが自宅プールで死亡。翌1970年にはジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリンが相次いで27歳でこの世を去り、1971年にはジム・モリソン(ザ・ドアーズ)もパリで急逝した。死因は不明瞭なままで、彼の死はロックの時代の終焉を象徴するものとなった。

ジミ・ヘンドリックスの「マシン・ガン」に響くギターの咆哮はベトナム戦争の銃声を思わせ、ジャニス・ジョプリンの「ミー・アンド・ボビー・マギー」は、彼女の死後に全米1位となり、自由を求めながら孤独に沈む魂の歌として時代の哀しみを象徴した。

「Machine Gun」Jimi Hendrix (Live At Fillmore East, 1970)
「Me And Bobby Mcgee」Janis Joplin

ジム・モリソンは「ジ・エンド」で"父の殺害"を象徴的に歌い、アメリカ社会の深層に潜む暴力と狂気を暴いた。彼らはロックの理想と破滅を同時に体現した世代だった。

「The End」The Doors

オルタモントの混乱とスターたちの死の背後には、ベトナム戦争の泥沼化と、理想を見失った若者たちの焦燥があった。「愛と平和」というスローガンは現実の暴力の前に力を失い、ロックは夢想から現実への痛みを引き受けることになった。

そして1970年、ジョン・レノンはソロ・アルバム「ジョンの魂」で「ゴッド(神)」を歌い、「I don't believe in Beatles」「The dream is over」と静かに宣言した。幻想や偶像を信じる時代は終わり、個人が現実と向き合う時代が始まりつつあった。

「God」John Lennon

しかし、終わりの中にも新しい時代の息吹が芽生えていた。同じ1970年、ニール・ヤングは「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」で、熱狂が去った後の風景を断片的な幻視として描いた。焼け落ちた地下室、追われる自然、どこへ向かうのかわからない未来──そこにあるのは勝利の歌ではなく、夢の後に立ち尽くす個人の視線だった。

「After the Goldrush」Neil Young

また、ジョージ・ハリスンは「オール・シングス・マスト・パス」で、ビートルズ解散という喪失を受け入れながら、「すべては過ぎ去る」という時間の真理を静かに歌った。そこにある希望は高揚ではなく、失った後でも生き続けるための、穏やかな肯定だった。

「All Things Must Pass」George Harrison

こうして、ロックは"夢の時代"を終え、70年代以降、より現実的で、より個人的な表現へと歩みを進めていくことになった。

…to be continued