ギタリストたちによる革新と表現の進化(1966~1967)
1966〜67年にかけて、ロンドンのクラブ・シーンで活動していたエリック・クラプトンは、ギブソン・レスポールや、後にアーティスト集団「ザ・フール」によってペイントされたSGを使用し、トーンを絞りつつボリュームを上げた独特のサウンドを生み出した。 この音色は、甘く丸みを帯び、まるで女性が感情を込めて泣く声のようだと評され、「ウーマントーン(Woman Tone)」と呼ばれるようになり、Cream時代の代名詞となった。
Creamのライブでは、「サンシャイン・ラヴ」や「アイ・フィール・フリー」でこのサウンドが特徴的に聴かれ、ギターの表現力が従来とは異なる次元に達する瞬間を観客に示した。
1966~67年には、ジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスといった革新的なギタリストも登場し、ギター表現の可能性はさらに広がった。ジェフ・ベックはヤードバーズ在籍時に「ベックス・ボレロ」や「シェイプス・オブ・シングス」でテクニカルかつ感情豊かなリードギターを披露し、その多彩な音色と即興性で観客を魅了した。
また、ジミ・ヘンドリックスは1967年にロンドンでブレイクし、「紫のけむり」や「フォクシー・レディ」でワウペダルやディストーションを駆使、ギターの音色と演奏表現の幅を劇的に広げ、ステージ上で圧倒的な存在感を放った。
さらに、この時期にはピーター・グリーン(フリートウッド・マック)が「ブラック・マジック・ウーマン」で、内省的でブルージーなトーンを確立した。泣くようでいてどこか孤独を湛えたその音色は、聴く者の心の奥に直接語りかけた。
のちにレッド・ツェッペリンを率いるジミー・ペイジはヤードバーズ後期の「幻の10年」で、フィードバックや重厚なリフを取り入れ、後のハードロックの原型を提示。実験的アプローチで、ギターサウンドの未来を切り開いた。
一方、アメリカでは、マイク・ブルームフィールドがポール・バターフィールド・ブルース・バンドの「East-West」(当時日本未発売)で東洋音楽のモードを導入し、即興演奏を通じてブルースとロックを架橋。ロンドンとは異なる文脈から、ギターの表現領域を拡張していった。
この時期、フェンダー・ツインリバーブやマーシャル・スタックなどの大型アンプがステージで存在感を増し、ファズやワウなどの新しいエフェクターも登場し始めた。ギタリストたちは音量や歪みをコントロールし、感情そのものを音として伝える手段を手に入れたのだった。
ギターが単なる伴奏楽器ではなく、感情と個性を直接伝える“声”として注目され始めた時代——クラプトンの「ウーマントーン」も、ヘンドリックスの電撃的な音響実験も、そしてグリーンやペイジ、ブルームフィールドの個性も、すべてはその時代の空気が生んだ創造の果実だった。
こうしてギタリストたちの革新は、ロックの中心にギターを据える決定的な潮流となり、日本の若者たちの心にも火をつけた。夜更けまでコピーされたリフとソロは、やがて文化祭やライブハウスで鳴り響き、ギターはティーンエイジャーの情熱と夢を映す象徴へと変わっていった。