ベンチャーズ旋風とエレキインストの衝撃(1965年)

1965年、再来日したザ・ベンチャーズが日本列島を席巻した。ドン・ウィルソン、ボブ・ボーグル、ノーキー・エドワーズ、メル・テイラー――4人のアメリカ人がステージに立ち、未知の電気的サウンドで観客を呑み込んだ。エレキギターが放つ輝きも、ドラムの乾いたビートも、それまでの日本の音楽にはなかった衝撃だった。

「ドラムがドン!と鳴り響き、エレキの音がキュイーン!と響いた瞬間、世界が変わった気がした。あの時、自分もバンドをやるしかないと思った」

当時の観客の証言は、まさに“エレキ革命”の熱を物語っている。このツアーの模様は翌1966年、今村昌平監督によるドキュメンタリー映画「ベンチャーズ来日!」として公開され、全国の劇場を再び興奮の渦に巻き込んだ。

「Wipeout」live in Japan

アメリカでは1950年代末から、ディック・デイルの「ミザルー」(第9回参照)やデュアン・エディの「リベル・ラウザー」がギターを主役に押し出し、エレキインストの時代を切り開いていた。一方イギリスでは、トルネードーズの「テルスター」が宇宙的なサウンドで世界を魅了した。

「Rebel Rouser」Duane Eddy
「Telstar」The Tornados

一方、イギリスでは、トルネードーズの「テルスター」が宇宙的な電子音で世界を魅了し、シャドウズの「アパッチ」は緻密でメロディアスなアンサンブルで全英1位を獲得。北欧スウェーデンではスプートニクスが銀色の宇宙服に身を包み、クールなインストで人気を博した。

「Apache」 The Shadows
「The Rocket Man」The Spotnicks

こうしてエレキインストは、世界的な現象となっていた。そして、日本の若者を虜にしたのが、まさにこのベンチャーズだった。彼らのシンプルで演奏しやすいレパートリーは高校生にも手が届き、文化祭や喫茶店では、ベンチャーズの演奏で知られる「パイプライン」や「ダイアモンド・ヘッド」が鳴り響いた。

楽器店には、ベンチャーズ御用達のモズライト・ギターを求めて学生たちが押しかけたが、当時の日本製モズライト・コピー――グヤトーンやテスコなどの手頃なエレキを手に入れて、夢中で“デケデケ”を奏でる若者が大半だった。高価な本家モズライトは憧れの象徴であり、ショーウィンドウの中でまぶしく輝いていた。

直木賞を受賞した芦原すなおの小説「青春デンデケデケデケ」で描かれたのは、まさにそんな若者たちの姿だった。アンプから流れる「デケデケ」というフレーズに、青春の情熱を燃やした少年たち――そのルーツは、あの1965年の衝撃的なステージにあった。

参考)映画「青春デンデケデケデケ」予告篇

そして1966年。日本ロック史を揺るがすことになる伝説的な出来事が、東京で幕を開けようとしていた。

To Be Continued...