アメリカの逆襲 ――フォーク・ロックとモータウン(1965年)

1965年の夏、ニューポート・フォーク・フェスティバルで歴史的な瞬間が訪れた。ステージに立ったのは、アコースティックの吟遊詩人として崇められてきたボブ・ディラン。だが、手にしていたのはエレクトリック・ギターだった。観客の一部からは怒号やブーイングが巻き起こり、「フォークを裏切った」との声も上がったという。

後年、一部の関係者や観客の証言によれば、ディランはバンドに向かって「でかい音でやろうぜ!」と叫んだとも伝えられる。現場で録音された記録はなく、真偽は定かではないが、この言葉はフェスティバルの象徴的な瞬間として語り継がれてきた。演奏されたのは「ライク・ア・ローリング・ストーン」。6分を超える壮大なサウンドは、観客の賛否を分けながらも、ロックの新しい可能性を示した。

「Like A Rolling Stone」 Bob Dylan

前年からアメリカのチャートは、ビートルズやローリング・ストーンズらブリティッシュ・インヴェイジョン勢が席巻していた。そんな状況の中、ディランの挑戦はアメリカの若者たちに自国の音楽の可能性を再認識させるきっかけとなった。

ロサンゼルスのバーズはディランの「ミスター・タンブリン・マン」をエレクトリック・サウンドに変えた。プロデューサーのジム・ディクソンは、当初「この曲をロック調にするのは冒険すぎる」と社内で反対されたと語る。しかし、メンバー自身はライブで観客の反応を確認しながら演奏を重ね、全米1位を獲得。フォーク・ロックという新ジャンルの誕生は、こうした試行錯誤と証言に裏打ちされている。

「Mr. Tambourine Man」The Byrds

一方、デトロイトからはモータウンのソウル・サウンドが全国に広がった。創設者ベリー・ゴーディは「黒人アーティストを若者向けのポップ市場で売るのは当初、社内でもリスクが高いと考えられた」と後年語っている。 しかし、シュープリームスのライブでは白人の観客も手拍子を送り、テンプテーションズの「マイ・ガール」は、コーラスやギターリフの巧みさもあって全国的に人気が爆発した。こうした現象は、黒人音楽が若者文化の中心に躍り出たことを示していた。

「You Can't Hurry Love」The Supremes
「My Girl」The Temptations

こうして1965年、アメリカはフォーク・ロックとモータウンという二つの矢を放ち、ブリティッシュ・インヴェイジョンに挑んだ。大西洋を越えて音楽が往復する運動はさらに加速し、ロックは世界的な文化へと成長していった。

To Be Continued...