海を渡った若者たち ――ブリティッシュ・インヴェイジョン(1964年)
1964年2月、ビートルズがアメリカに降り立ち、歴史は大きく動いた。彼らはエド・サリヴバン・ショー出演で全米を熱狂させ、「抱きしめたい」がビルボード1位を獲得。ビートルズをめぐる熱狂は一気に社会的現象となり、アメリカの若者文化を塗り替えていった。その前に、クリフ・リチャード&ザ・シャドウズなど英国勢によるアメリカ進出の試みはあったが、ビートルズはそれを決定的な潮流へと変えたのだった。
その後にローリング・ストーンズが続いた。「サティスファクション」は、清潔なビートルズ像とは対照的に、不良の代弁者としてアメリカの若者を魅了した。
波は止まらなかった。デイヴ・クラーク・ファイヴは「ビコーズ」「オーバー・アンド・オーバー」などのヒットを連発し、ビートルズのライバルと呼ばれた。アニマルズは「朝日のあたる家」で黒人ブルースを独自に消化し、全米第一位を獲得。キンクスは「ユー・リアリー・ガット・ミー」で歪んだギターリフを響かせ、のちのハードロックやパンクの萌芽を示し、フーは「マイ・ジェネレーション」で反抗の叫びを鮮烈に歌い上げた。
「ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれたこの現象は、アメリカで生まれたロックンロールがイギリスの若者たちに吸収され、再びアメリカに逆輸入された――ロック史を進化させる劇的な循環だった。 その衝撃はやがて、アメリカのフォーク・ロックやサイケデリック・サウンドにも波及し、ロックは両大陸の間で共鳴し合う文化現象となっていく。こうして、多様なバンドたちの個性が重なり合い、60年代半ばのロック・シーンはかつてない広がりを見せつつあった。若者たちの音楽は、もはや国境を越え、世界規模の文化として歩み出したのだった。