2020年:コロナ禍と音楽の試行
2019年末に端を発したコロナ禍は、J-POP界にも多大な影響をもたらした。緊急事態宣言でライブやフェスは軒並み中止となり、その一方で、オンライン配信やリモート制作、SNSでの拡散といった新しい手法が試された。
米津玄師はライブの映像を中心とした限定配信イベントを実施し、観客は自宅からコメントや投げ銭で参加できるという試みを実践。また、Perfumeは、実在する空間や風景にバーチャルの映像などの視覚情報を重ねて表示するAR(拡張現実)演出を取り入れた配信ライブを展開した。こうした試みは、従来の会場型ライブでは難しかった双方向性や演出の自由度を示す重要な一歩となった。
そして、この年の代表的なヒット曲は、前年2019年12月にリリースされたYOASOBIの「夜に駆ける」だ。
原作となった小説、Ayaseの緻密なサウンドとikuraの歌声、アニメーションMV、そしてSNSでの考察の拡散――こうした複数の要素が組み合わさることで物語性が膨らんだことが、ヒットの大きな要因だろう。
ただし、こうした物語性を帯びた音楽体験は、過去のJ-POPにも数多くの先例がある。たとえば2000年代を振り返るだけでも、TVドラマ『花より男子2(リターンズ)』の主題歌「Love so sweet」嵐(2007)、映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の主題歌「瞳をとじて」平井堅(2004)、そしてTVドラマ『東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜』の主題歌「蕾」コブクロ(2007)など、映像作品の物語と歌詞の情感が共鳴し、人々の心をより深く揺さぶったヒット曲が並ぶ。
しかし、こうした過去のメディアミックスでは、リスナーは映像とともに曲に接する、あるいは映像では曲の一部が流れ、その後、曲の全体をじっくりと聴く――それが一般的な流れだった。「夜に駆ける」が現代的なのは、体験の順序が逆になっていた点だ。
多くのリスナーはまず曲だけを聴いて抽象的な歌詞に惹かれ、その後、原作小説やMVを知り、歌詞の意味やテーマ(自殺や死生観)に気づいた。曲を起点にして、自分自身で原作や映像を探索し、物語を組み立てる――この能動的なプロセスが、従来のメディアミックスとは違う、現代ならではの物語体験を生んだ。
さらに特徴的なのは、すべてがスマホやパソコンひとつで完結することだ。CDやテレビ、書籍を行き来する必要はなく、曲も原作もMVもSNSの感想も、同じデバイスで連続的に楽しめる。この即時性と連続性が、逆順体験を容易にし、リアルな物語体験の印象を強めることになった。
「夜に駆ける」は、過去の様々な曲、映像作品、小説などによるメディアミックス作品を土台にして発展した、いわば現代的な進化系メディアミックス作品だった。そして、それは現在の様々なヒット曲へと継承され、さらなる発展を遂げている。
次回は2019年、コロナ禍に突入する直前のJ-POP界がどのような状況だったかをふり返ってみたい。