…to be continued
1973年:等身大の時代、ポップスの転換点
1973年、日本のポップスは大きな転換点を迎えていた。1972年前後を境に「政治の季節」が遠のき、「社会」よりも「自分自身の暮らしや感情」を歌う作品が若者たちの共感を集めるようになっていた。その代表となるヒットが、かぐや姫の「神田川」だった。
四畳半のアパート、共同の流し台、銭湯帰りの恋人たち――。「神田川」が描いたのは、それまでの歌謡曲に多かった華やかな恋愛でも、初期のフォークに多く見られた強い社会的メッセージ性もなかった。若者たちの狭い部屋での暮らしや、貧しくても親密な日常。その“等身大の生活感覚”が、多くのリスナーの共感を呼んだ。
後年、“四畳半フォーク”と呼ばれることにもなった、こうした感覚は、この時代の若者文化を象徴するものになっていく。
一方で、この年には、フォークとも歌謡曲とも少し異なる新しいポップスも登場していた。
フォーク・ブームの延長線上にありながらも、ビートルズ以降の英国ポップスやアメリカン・ポップスの影響を感じさせるサウンドに、日本語の歌詞を自然に乗せた楽曲は、新しい日本のポップスの方向性を示していた。また、歌詞には若者の恋愛感情が描かれているが、「神田川」のような生活描写とは異なり、映画や小説のような叙情性を持っていたことも特徴だった。
そして、この年には荒井由実がアルバム『ひこうき雲』でデビューしている。
発売当時は大ヒットには至らなかったものの、その独特の都会性と繊細な感性は、音楽関係者や一部のリスナーの間で徐々に評価が高まっていった。アメリカ西海岸のポップスやソフトロックの影響を感じさせる洗練されたサウンドは“ニューミュージック”と呼ばれる新しい流れの予兆でもあった。
さらにこの年は、ガロの「学生街の喫茶店」も大ヒットした。アメリカのフォークロックや西海岸ポップスを思わせる美しいコーラスと、都会的でどこかノスタルジックな空気感は、それまでのフォークとは異なる抒情性を放っていた。
また、オフコースも商業的な成功はまだ限定的だったものの、初期の代表曲「僕の贈りもの」など、小田和正の透明感あるメロディーや洗練されたサウンドは、一部の音楽ファンの間で注目され始めていた。
その一方で、歌謡曲が、ひとつの型に収まらない多彩な広がりを見せていた時代でもあった。
チェリッシュ「てんとう虫のサンバ」が結婚ソングとして広く親しまれる一方、金井克子「他人の関係」は大人の恋愛を大胆に歌い、後に森昌子、山口百恵とともに「花の中三トリオ」と呼ばれる桜田淳子の「わたしの青い鳥」は、アイドル歌手の新しい時代の到来を印象づけた。
また、後に“新御三家”と呼ばれることになる郷ひろみ、西城秀樹、野口五郎ら若手男性スターの人気が高まり、テレビを通じて若い女性ファンの熱狂を集めるスター文化が形成され始めていた。
こうして1973年の日本のポップスは、若者の日常や内面を映し出すフォーク、都会的な感性を芽生えさせた新しいポップス、そしてテレビを舞台に輝く歌謡曲やアイドルが共存しながら、多彩な広がりを見せていった。
次回は1972年へとさかのぼり、日本の若者たちが、自分たちの言葉で恋愛や人生を歌う音楽に熱狂し始めた時代を探る。