…to be continued
1983年:アイドル歌謡の頂点と新たな潮流
1983年のヒットチャートを支えていたのは「歌謡曲」だった。松田聖子、中森明菜、小泉今日子、松本伊代、早見優、堀ちえみ、石川秀美、近藤真彦、田原俊彦、シブがき隊…多くのアイドルたちが、テレビ番組と強く結びつきながら高い人気を得ていた。
しかし、その一方で、歌謡曲とは異なるフィールドで活動してきたアーティストたちがチャートの中心に迫る動きも生まれていた。
井上陽水のバックバンドも務めていた安全地帯は、歌謡曲的な情感とバンドサウンドを融合させ、「ワインレッドの心」で大ブレイクを果たした。
また、フォークを基盤として活動してきたTHE ALFEEも、エレクトリックなサウンドを取り入れたロック路線を「メリーアン」で広く浸透させ、若い世代を中心に支持を拡大していった。
YMOの「君に、胸キュン。」は、テクノポップを親しみやすい歌謡曲的な感覚と結びつけてオリコン1位を獲得。これは、YMOが歌謡曲に接近した結果として生まれた楽曲で、当時、ジャンルの境界が消え始めていたことを示す象徴的な出来事だった。
山下達郎のアルバム『MELODIES』の緻密に構築されたサウンドは、後の"シティポップ"の成熟を予感させるものだった。ここに収録された「クリスマス・イブ」は、後年、CM起用などを契機に定番曲として広く認知されることとなる。
女性アーティストたちの活動も見逃せない。その代表的な曲として、軽やかで都会的な感覚を持ったEPOの「う、ふ、ふ、ふ、」はCMを通じて広く浸透した。
この時期、竹内まりや、大貫妙子、松任谷由実、中島みゆきは、アルバム制作や楽曲提供を通じて歌謡曲とニューミュージックの接点を広げていた。さらに、演劇的・退廃的な戸川純(ゲルニカ)や、Sandii(サンディー&ザ・サンセッツ)の国際的でダンサブルなサウンドなど、当時の歌謡曲の枠組みから大きく逸脱する音楽も人気を集め、日本のポップスが多方向へ拡がり始めたことを象徴していた。
こうして、1983年の音楽界では、歌謡曲の世界にロックやニューミュージックが入り込み、シンガーソングライターやスタジオミュージシャンとともに新たな時代の音楽を創り出していく多様な音楽シーンが展開していた。
翌84年以降、そうした流れは、シティポップ的サウンドの広がりなどによって、はっきりと表面化することになる。次回は、この転換がどのように始まったのか、1982年にさかのぼり──ロックやニューミュージックが「歌謡曲」の領域に入り込み始めた過程を見ていく。