…to be continued
1984年:ポップスの新しい地図――交差する歌謡曲とニューミュージック
1984年の音楽界では、前年にブレイクしたTHE ALFEEや安全地帯、安定した人気を保っていたオフコースなど、かつてフォークやロックの分野で活躍していたバンドが「歌謡曲」と並んでヒットチャートの中心に立つことが多くなりつつあった。
「君が、嘘を、ついた」オフコース
この年に「涙のリクエスト」で人気を爆発させたチェッカーズも、ロカビリーをベースにした軽快なサウンドを特徴とするバンドでありながら、アイドルとして熱狂的な支持を集める存在となった。
「涙のリクエスト」チェッカーズ
一方、アイドルの世界では、ニューミュージック系の作家たちが重要な役割を果たしていた。
「Rock'n Rouge」松田聖子
(作曲:呉田軽穂=松任谷由実)
(作曲:呉田軽穂=松任谷由実)
「サザン・ウィンド」中森明菜
(作曲:玉置浩二)
(作曲:玉置浩二)
「最愛」柏原芳恵
(作詞・作曲:中島みゆき)
(作詞・作曲:中島みゆき)
また、洗練された雰囲気と軽やかなグルーヴを備えた楽曲が数多く登場したのも、この頃の特徴だろう。
「君のハートはマリンブルー」杉山清貴&オメガトライブ
「悲しみがとまらない」杏里
さらに、菊池桃子の「SUMMER EYES」に見られるように、洗練された都会的な音作りはアイドル・ポップスの領域にも流れ込み始めていた。
「SUMMER EYES」菊池桃子
これらの動きは、まだ一つの潮流として明確に意識されていたわけではない。しかし、この年、表舞台のヒットとは別の場所で、後年に海外でも高く再評価される曲が生み出されていた。その延長線上にあるサウンドは、後に「シティ・ポップ」と呼ばれることになる。
「プラスティック・ラブ」竹内まりや (LIVE feat.山下達郎)
(アルバム『VARIETY』収録曲)
(アルバム『VARIETY』収録曲)
こうして、かつて別々の文化として存在していた「歌謡曲」と「ニューミュージック」は急速に距離を縮めていた。次回は1983年にさかのぼり、ヒットチャートの中心が「歌謡曲」だった時代を振り返ってみたい。