1988年:バンドブーム前夜の熱気

1988年は、全国的なバンドブームが巻き起こる前夜とも言える年であり、その起点のひとつとなったのが、1987年12月の解散宣言を経て、4月の東京ドーム公演「LAST GIGS」で活動を終えた BOØWY の存在だった。

BOØWYは、ハードロックの力強さとニューウェーブの洗練を融合し、スタイリッシュなビジュアルとともに独自のロックを確立した。そして、彼らの解散後、その空白を埋めるように、次世代のバンドが続々と頭角を現し始めた。

東京や大阪のライブハウスでは、アマチュアバンドが連夜ステージに立ち、オリジナル曲を演奏していた。THE BLUE HEARTSは「リンダリンダ」で若者の衝動をまっすぐに叩きつけ、BUCK-TICKは「Just One More Kiss」で退廃と美を併せ持つ独自の美学を示した。

「リンダリンダ」THE BLUE HEARTS
「Just One More Kiss」BUCK-TICK

ZIGGYは「GLORIA」で華やかなグラムロックを打ち出し、JUN SKY WALKER(S)は1987年のインディーズ盤を経て、1988年にメジャーデビュー。翌89年「すてきな夜空」で人気を広げた。また、女性ボーカルの力強さとメロディックな感性を前面に押し出したPERSONZは、翌89年のヒット曲「Dear Friends」で支持を高めていく。

「GLORIA」ZIGGY
「すてきな夜空」JUN SKY WALKER(S)
「Dear Friends」PERSONZ

一方、SHOW-YAは「LOOK AT ME!」などで女性ロックバンドの新しい可能性を切り開き、プリンセス プリンセスはライブ活動を重ねながら、翌年「Diamonds」(第37回参照)でのブレイクへとつながる足場を固めていた。

「LOOK AT ME!」SHOW-YA

さらに、激しいスピードと派手なビジュアルで注目を集めていた X JAPAN(当時 X)がアルバム『Vanishing Vision』でインディーズながら異例のヒットを記録。ライブハウスで熱狂的支持を受け、バンドブーム直前のシーンを象徴する存在となった。

「ORGASM」X

またこの頃、ライブハウスを拠点に活動するバンドの作品を全国のレコード店へ流通させるインディーズレーベルや流通ネットワークも広がり始めていた。メジャーレコード会社に頼らなくても作品を発表できる環境が整い始めたことで、若いバンドたちはより自由に音楽活動を展開できるようになっていく。

こうして全国各地でバンドの熱気が盛り上がる中、「宝島」「BANDやろうぜ」「DOLL」などの雑誌がインディーズの動きを積極的に取り上げ、バンドブームの潮流が若者文化の中に根づきはじめた。TBSでは『三宅裕司のいかすバンド天国』(第37回参照)の企画が立ち上がり、翌1989年に放送開始。これをきっかけとして、全国的なバンドブームが巻き起こることになる。

次回は1987年にさかのぼり、メジャーシーンの陰でインディーズ文化が芽生えていった様子を探る。

…to be continued