ラジオ文化の発展と70年代後半のポップス(1975-79年)

70年代後半のロック/ポップスを語るうえで、ラジオ、特にFM放送の存在は見逃せない。この時期に始まった高音質のステレオ放送は、音の細部や空間的な広がりまでも伝えることを可能にし、リスナーは“音の作り込み”そのものへの関心を高めていった。同時に発展したオーディオ機器の普及という環境も、大衆音楽がより洗練された方向へと進む流れを後押ししていた。

スティーリー・ダンは、その「洗練」を象徴する存在だった。アルバム『彩(エイジャ)』(1977)では、ジャズやR&Bの要素を取り込みながら、スタジオワークを極限まで突き詰め、緻密に構築されたサウンドは、高音質で届けられるFM放送と相性がよかった。

「Peg」Steely Dan

同時期、ジャズとポップスを横断する形で洗練の極みに達したのがジョージ・ベンソンだった。アルバム『ブリージン』に収められた「マスカレード」は、滑らかなグルーヴと豊かな音場を創り上げ、FM放送を通じてその魅力が広まった。

「This Masquerade」George Benson

この時期、既存のバンドもサウンドの方向性を大きく変化させ、FM放送に象徴される「洗練」の波に乗っていった。

その筆頭がドゥービー・ブラザーズとシカゴだった。1975年にマイケル・マクドナルドが加入したドゥービーは、野性的なロックからR&B色の濃い都会的なサウンドへと劇的な進化を遂げた。シカゴも、プロデューサーのデヴィッド・フォスターと出会うことで、ホーン主体のスタイルにメロディアスなバラード志向を融合させていく。

耳馴染みがよく、スタイリッシュなグルーヴは、高音質なFMラジオ文化を象徴するサウンドとして幅広い層に受け入れられた。

「Takin' It To The Streets」The Doobie Brothers
「If You Leave Me Now(愛ある別れ)」Chicago

一方、ビリー・ジョエルは親しみやすいメロディと骨太な歌声で広く支持を集め、ブルース・スプリングスティーンは労働者階級の現実や希望をドラマティックに描き出した。その力強い表現はアルバム単位での評価を高めつつ、代表曲はラジオを通じても多くのリスナーに届いていった。

「Just the Way You Are(素顔のままで)」Billy Joel
「Born to Run(明日なき暴走)」Bruce Springsteen

発売後、数カ月で1,000万枚以上も売り上げ、その後もロングセラーとなったフリートウッド・マックのアルバム『噂』(1977年)は、「オウン・ウェイ」や「ドリームス」といったヒット曲を生み出しながら、アルバム全体としての完成度も高かった。

個々の曲がラジオで親しまれる一方で、アルバムも繰り返し聴かれる——そんな聴き方がこの時期に広く定着していった。

「Go Your Own Way」Fleetwood Mac

さらに、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」(1976年)は、6分を超える長尺でありながら、覚えやすいメロディ、辛辣な歌詞、印象的なギターといった魅力で多くの支持を集めた。その背景には、FM放送による伝達力も大きく関わっていた。

「Hotel California」Eagles

また、ボストンは多重録音による厚みのあるサウンドを創り上げ、アラン・パーソンズ・プロジェクトはエンジニア出身らしい緻密な音響設計で、FM放送のステレオ効果を最大限に引き出す知的なポップスを構築した。

「More Than a Feeling(宇宙の彼方へ)」Boston
「I Wouldn't Want to be Like You」The Alan Parsons Project

こうして、70年代後半に親しまれた音楽は、ラジオというメディア、とりわけFM放送の特性と密接に関わりながら発展していった。音の質感、構成、メロディ——それぞれを丁寧に磨き上げた楽曲が数多く生み出され、それらは、さらに多様なメディアが発展している現在に至るまで、幅広く聴き継がれている。

…to be continued