サンプリング前史――70年代ロックが実践したサンプリング的手法

1970年代、多くのアーティストが、様々な音素材を加工・再構築する手法を実践した。そのアプローチは、80年代以降に主流となるサンプリング・ミュージックの先駆けとなるものだった。

当時、まだデジタルサンプラーは存在せず、その役割を担っていたのは磁気テープを用いた技術だった。代表的な例が“メロトロン”だ。鍵盤を押すと内部の磁気テープが再生され、あらかじめ録音された音が鳴る――この発想は、テープ編集やループといった同時代の技術とも重なりながら、のちのサンプリングへとつながっていく。

その初期の成果のひとつとして挙げられるのが、キング・クリムゾンの1969年のデビュー作「クリムゾン・キングの宮殿」(1969)だ。ここで聴かれるストリングスは、メロトロンによってオーケストラの音を再生したものであり、テープ特有の揺らぎやわずかな不安定さが、現実の演奏とは異なる独特の響きを生み出していた。

「The Court Of The Crimson King」King Crimson

こうした発想の源流は1948年にピエール・シェフェールが発表した「Étude aux chemins de fer(鉄道のエチュード)」まで遡る。鉄道の走行音を編集して構成されたこの作品は“楽器以外の音だけで創られた音楽”として知られている。

これは、録音された音を素材として組み立てる“ミュージック・コンクレート”の代表例で、こうした発想が後のサンプリング文化へと受け継がれていく。

参考)「Étude aux chemins de fer(鉄道のエチュード)」ピエール・シェフェール

この手法をポピュラー・ミュージックの世界に持ち込んだ先駆者はビートルズだった。彼らは「トゥモロー・ネバー・ノウズ」(1966)、「アイ・アム・ザ・ウォルラス」(1967)などで、テープループやラジオ放送の音声などを、楽器・歌声と同等の構成音として取り入れ、新たな可能性を開拓した。

「Tomorrow Never Knows」The Beatles

60年代後期に始まったこうした試みは、70年代に入ると、より多くのアーティストに広がり、曲への取り入れ方も多様化・高度化していく。

ピンク・フロイドの「マネー」(1973)では、レジの回転音や小銭の音といった楽器以外の音をテープ編集でつなぎ合わせることにより、独特の反復リズムが生み出された。

「Money」Pink Floyd

「ピンク・フロイドが『Money』でレジの音を使っていたのが面白かったから、自分たちでも何かやってみようと思ったんだ」

ポール・マッカートニーは「心のラヴ・ソング」(1976)のイントロについて、そう語ったという。

「Silly Love Songs(心のラヴ・ソング)」Wings

制作に携わったエンジニアの証言によれば、このイントロの規則的な音は、スタジオ内の日用品やパーカッションの音を加工したものだという。その音素材を切り貼りし、テープ・ループにすることで、工場のラインが稼働しているような無機質な反復リズムが創り出された。

当時、「甘いラブソングばかり書いている」と批判されていたポールは「それなら最高にキャッチーなラブソングを工場で量産してやろう」という皮肉なユーモアをサンプリング的手法によって表現したのだった。

こうした曲には、もはや60年代にあった“実験”という気負いは感じられない。様々な音をキャプチャし、楽曲のパーツとして再構築する発想は、この時すでにポップ・ミュージックに溶け込みつつあったと言えるだろう。

一方、10ccは「アイム・ノット・イン・ラブ」(1975)で、人間の声を楽器のような音素材として加工・編集した。彼らは、多重録音したコーラスをループ化し、空間に漂う柔らかい雲のように曲全体を包む音の層を創りあげた。それは当時のアナログ技術の限界に挑んだ、執念とも言える編集作業の成果だった。

「I'm Not In Love」10cc

また、トーキング・ヘッズは「アイ・ジンブラ」(1979)で、複数のパーカッション演奏を繰り返し配置・編集することで、異なるリズムが重なり合う独特のグルーヴを生み出した。ここではテープ編集そのものというより、反復やレイヤーの重なりが生み出す構造が印象的で、後のループ志向の音楽につながる感覚がすでに表れている。

「I Zimbra」Talking Heads

そして、こうしたアナログ時代の試行錯誤は、後にYMO(イエロー・マジック・オーケストラ)のアルバム『テクノデリック』(1981)によって、デジタル技術との融合を果たす。彼らはカスタムメイドのサンプラーを駆使して様々な音素材を制御・加工し、切り貼りやループ化によって、現実世界のあらゆる音を「楽器」へと昇華させた。それは本格的なデジタル時代以前の、初期サンプリング技術とアナログ的発想が融合した先駆的な試みだった。

「京城音楽(Seoul Music)」YMO

70年代のアーティストたちが磁気テープの制約の中で格闘し、見出した「音を再構築する」という発想――それは後に、ヒップホップの核となるブレイクビーツや、ハウスをはじめとするクラブミュージックの台頭によって、音楽制作の決定的な「標準言語」へと進化した。

かつて、テープを繋ぎ合わせて作られた反復のリズムは、今やデジタル上の瞬時の操作へと姿を変えたが、現代のダンスミュージックが放つ刺激的な響きの根底には、アナログの限界に挑み、未知の領域を開拓してきた先鋭的な創造性が脈々と息づいている。

…to be continued