…to be continued
パワーポップの煌めき――旋律美とロックの融合(1968 – 78年)
1970年代後半、ロックがディスコやパンクの波に揺れる中で、異なる輝きを放ったバンドのひとつがチープ・トリックだった。彼らのサウンドには、キャッチ―なメロディと鋭いギター・リフ、そして皮肉なユーモアが同居していた。
チープ・トリックが現れた背景には、60年代後半のポップ/ロックを受け継ぎながら70年代初頭に芽生え、70年代にかけて意識されるようになった「パワーポップ」の流れがある。それは、旋律美とエネルギーを両立させ、60年代ポップのスピリットを現代に引き継ぐものだった。
その中心にいたアーティストの一人がトッド・ラングレンだ。彼が率いたナッズは、「オープン・マイ・アイズ」(1968)で、すでにパワーポップの原型を示していた。ソロ転向後のアルバム『サムシング/エニシング?』(1972)では、「瞳の中の愛(アイ・ソー・ザ・ライト)」や「ハロー・イッツ・ミー」といった代表曲を、多重録音によってほぼ一人で作り上げ、その手法は、後の時代に大きな影響を与えることになる。
同じ頃、ラズベリーズは「ゴー・オール・ザ・ウェイ」(1972)で、パワーポップの美学を誰にでも親しみやすい形で示した。甘美なメロディと歪んだギターの融合──それはティーンエイジの衝動と60年代ポップスの夢を結びつけるものだった。
一方、イギリスでは、バッドフィンガーが「ノー・マター・ホワット」(1970)、「ベイビー・ブルー」(1971)などを発表し、ビートルズの遺伝子を受け継ぐポップ職人としての評価を確立していた。
特に、アルバム『ストレート・アップ』(1971)は、トッド・ラングレンやジョージ・ハリスンがプロデュースに関わり、繊細なメロディと力強いバンド・サウンドを高度に両立させた作品として知られる。
しかしその後、マネージメント問題や金銭トラブルが深刻化し、中心メンバーであるピート・ハムが1975年に自ら命を絶つという悲劇に見舞われ、さらに後年、トム・エヴァンズも自ら命を絶ったことで、バンドの歴史に終止符が打たれた。
70年代中期はパワーポップにとって商業的な成功に恵まれない時期となったが、その間、重要な作品を残したのがビッグ・スターだ。繊細で内省的な歌と透明感のあるギターが響き合うサウンドは美しさに満ちていた。
そして70年代後半、こうした流れを受け継ぐ形で登場したのがチープ・トリックだった。彼らは、トッドやラズベリーズが築いたメロディ志向に、より強靭なロックのダイナミズムと現代的な感覚を持ち込み、パワーポップを再び大衆の前へと呼び戻したのだった。
この系譜は80年代以降も途切れることなく、バングルス、XTC、dB's、レッツ・アクティヴなどがギター・ポップの洗練を推し進め、90年代にはマシュー・スウィートやウィーザーが、その精神を新たな世代へと伝えていく。
パワーポップとは、時代がどれほど変わろうとも「胸を焦がすメロディ」を愛し続けた者たちの系譜だ。歪んだギターの奥で響くキャッチーなメロディ──それは今もなお、多くの人々を魅了し続けている。