…to be continued
グラムロック──仮面と光のロック革命(1971‐75年)
1970年代初頭、イギリスのロックシーンは転換期を迎えていた。サイケデリックの夢が醒め、ハードロックが重厚さを増す一方で、若者たちはもっと派手で、もっと自由で、もっと自分を解放できる音楽を求めていた。そんな空気の中から生まれたのが「グラムロック」だった。
グラムロックは、ロックに"演劇性"と"自己変身"の魅力を持ち込んだムーブメントだった。シンプルなロックンロールを土台に、ラメやスパンコール、メイクや奇抜なファッションで飾り立てる――それは音楽の枠を超えた総合的な自己表現の爆発だった。
「グラムロック」という言葉は1972年前後、英音楽誌がマーク・ボランやデヴィッド・ボウイのスタイルを形容する言葉として使い始めたとされる。当初は、派手な衣装や化粧、ステージパフォーマンスを揶揄する意味合いで表現したものだったが、やがて、肯定的な意味として大衆の間で定着した。
デヴィッド・ボウイは、グラムロックの象徴的存在だった。1972年のアルバム『ジギー・スターダスト』では、赤い髪にラメの衣装、両性具有的なメイクで "異星のスター"として登場した。
スウィートは大衆的で明るいグラムロックの代表的な存在となり、ボウイがモット・ザ・フープルに提供した「すべての若き野郎ども」は、邦題が示す通りグラムロックの"若者賛歌"として象徴的な曲となった。
ロキシー・ミュージックは、ブライアン・フェリーの退廃的な美意識とブライアン・イーノの前衛的サウンドを融合させ、グラムロックを洗練されたアートの領域へと導いた。
アリス・クーパーは、ギロチンや首吊り台を使ったショッキングな演出で「ショックロック」と呼ばれるスタイルを確立し、ニューヨーク・ドールズはグラムロックの派手な美学をまといながら、粗削りなロックンロールで後のパンクを先取りする存在となった。
仮面をかぶったり、性別の境界を越えたり、奇抜な衣装や演出によるグラムロックの自由な自己表現は、のちのパンクやニューウェーブ、ビジュアル系など、現代ポップスターの自己演出にもつながっている。
ボウイとロキシー・ミュージックの変身美学はケイト・ブッシュやプリンス、ビョークへ、ボランの妖艶さはフレディ・マーキュリーやスウェードへ、アリス・クーパーの演劇性はキッスやマリリン・マンソンへと受け継がれていった。
ステージで演劇的に自らを演じ、性や現実の枠を越える――グラムロックの隆盛はほんの数年の出来事だったが、その美意識と自由の精神は、後の時代に形を変えながら息づいている。