1978年:ニューミュージックの躍進とランキング番組の登場

1978年、ピンク・レディーの人気は頂点に達していた。「UFO」「サウスポー」「モンスター」といった曲が次々と大ヒットし、その人気は社会現象と呼べるほど絶大なものだった。

「UFO」ピンク・レディー

一方、キャンディーズが後楽園球場で行ったラストコンサート「ファイナルカーニバル」が注目を集めたのも、この年の大きな出来事だ。伊藤蘭が発した「普通の女の子に戻りたい!」という言葉は流行語にもなり、最後のシングル「微笑がえし」は大ヒットを記録した。

「微笑がえし」キャンディーズ

この年のヒットチャートを振り返ると、中心となっているのは“歌謡曲”だ。沢田研二や山口百恵といったスターに加え、異色のデュエット曲として、平尾昌晃と畑中葉子による「カナダからの手紙」も、親しみやすいメロディとストーリー性で広く支持を集めた。

「カナダからの手紙」平尾昌晃・畑中葉子

しかし、その一方で、確実に存在感を増していたのが“ニューミュージック”と呼ばれる潮流だった。自作自演を基本とし、より個人的な感情や時代感覚を反映した楽曲群は、従来の歌謡曲とは異なる魅力を放っていた。

矢沢永吉の「時間よ止まれ」は、CMを通じて、それまで歌謡界とは少し離れた位置にいた存在を一気にお茶の間へ引き寄せた。中島みゆきの「わかれうた」は、語り手の内面をむき出しにするような表現で、従来の歌謡曲とは異なるリアリティに溢れ、一方、渡辺真知子の「迷い道」は、ニューミュージックとも歌謡曲とも言い切れない感触が幅広い層に受け入れられた。

「時間よ止まれ」矢沢永吉
「わかれうた」中島みゆき
「迷い道」渡辺真知子

また、ゴダイゴの「ガンダーラ」は、ドラマとの結びつきによってヒットしただけでなく、それまでCM音楽などで活躍していた実力派ミュージシャンが一気にメジャーな場へ登場した点でも印象的だった。

「ガンダーラ」ゴダイゴ(TVドラマ『西遊記』より)

そして、この年を語る上で欠かせないのが、サザンオールスターズの登場だ。デビュー曲「勝手にシンドバッド」は、ロックの躍動感に乗せて、日常の言葉やユーモアを大胆に取り込んだ画期的な作品だった。「日本語のような英語、英語のような日本語」という独特の言語感覚と、桑田佳祐の卓越したメロディセンスは、その後の日本のポップスに大きな影響を与えていくことになる。

「勝手にシンドバッド」サザンオールスターズ

さらに、この年の瀬には竹内まりやが「戻っておいで・私の時間」でデビューを果たしている。当時は「実力派の女子大生歌手」という立ち位置だったが、彼女やサザンの登場は、歌謡曲の黄金時代が続く中で、後に開花する「シティ・ポップ」の源流が確実に湧き出していたことを物語っている。

「戻っておいで・私の時間」竹内まりや

そして、こうしたヒットを支えていたのが、テレビのランキング番組だった。この年にスタートした「ザ・ベストテン」は“今売れている曲”のランキングを毎週生放送で発表した。

ランキングを軸に番組を組み立てるという発想は、当時としては大胆なものだった。以前からオリコンなどによるヒットチャートは存在していたが、テレビを通じてランキングがリアルタイムで共有されることで、その影響力は一段と大きなものとなった。

この後、同様の形式の音楽番組も徐々に増え、ランキング上位に入ること自体がニュースとなり、出演をきっかけに売り上げがさらに伸びるという“相乗効果”が生まれ始める。

1978年は、華やかな歌謡曲が主流でありながらも、ニューミュージックが存在感を増し、さらに、ランキング番組によってヒットが広く共有されるようになった年だった。

次回は1977年にさかのぼり、こうしたランキング番組が登場する前夜、日本の音楽シーンがどのような様子だったのかを探る。

…to be continued