…to be continued
1979年:YMO登場――日本ポップスに新しい地平が開かれた年
1979年のヒットチャートで目立っていたのは、演歌と歌謡曲の強さだ。渥美二郎「夢追い酒」、小林幸子「おもいで酒」、千昌夫「北国の春」、八代亜紀「舟唄」 といった演歌勢や、ジュディ・オング「魅せられて」、沢田研二「カサブランカ・ダンディ」、西城秀樹「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」などの歌謡曲が広く支持されていた。
一方で、さだまさし「関白宣言」、アリス「チャンピオン」や、CMとのタイアップで注目を集めたツイスト「燃えろいい女」など、ニューミュージック系のヒットもあり、従来の歌謡曲中心だった音楽シーンの中で、確実に存在感を強めていた。
そして、この年を語るうえで欠かせないのが、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の登場だ。78年に結成されたYMOは、79年にセカンド・アルバム『Solid State Survivor』を発表。「Technopolis」「Rydeen」といった楽曲は、シンセサイザーとコンピュータ・テクノロジーを駆使して“無国籍な音楽”を目指した最先端のサウンドで、多くの人々に大きなインパクトを与えた。
こうして国内外にセンセーションを巻き起こした彼らは、後年「サンプリング」という手法においても先駆的な役割を果たすことになる。既存の音や環境音、さらには他の音源の断片を取り込み、新たに再構成するという手法は、80年代以降のポップスやクラブ・ミュージックに不可欠なものとなっていく。
また、YMOのメンバーである細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏は、それぞれが作曲家・編曲家・プロデューサーとして活躍し、シンセサイザーやリズムマシンの導入、緻密なアレンジなど、80年代の「アイドル黄金期」にも大きな影響を与えることとなる。
こうして振り返ると、1979年は、演歌・歌謡曲・ニューミュージックといった既存の枠組みが強い影響力を持ちながら、新しい技術や感覚が流れ込み始めた年だったと言えるだろう。
次回は78年へと遡り、YMOとは違った角度から日本の音楽シーンを大きく塗り替えることになる“国民的バンド”が登場した、その時代を追う。