…to be continued
1990年:歌う時代のはじまり
1990年、バブル経済の勢いが頂点に達し、街には華やかな空気が漂っていた。そして、その熱気の中で、音楽のあり方も変わりつつあった。
80年代後半にCDの生産枚数がレコードを上回って以降、音楽ソフトの主役は完全にCDへと移り変わっていた。リピート再生や曲検索機能などによって、好きな曲だけを自在に選んで再生する――そうした聴取スタイルの変化は、アルバム全体を一つの作品として味わうというよりも “曲単位で音楽を楽しむ文化”を生み、のちのダウンロード配信やサブスクリプションサービスの普及へと繋がっていった。
さらにこの頃、全国的にカラオケボックスの店舗が急増し、レーザーディスク式のカラオケ機が普及した。酒を飲む場での余興だったカラオケが、若者の娯楽として定着し始め、テレビやラジオで流れるヒット曲を原曲通りの伴奏で歌うことが新しい楽しみ方となっていった。この流れは、1992年に通信カラオケが登場することで一気に加速し、ヒット曲を生む基盤にもなっていく。
1990年のヒット曲には、すでにその兆しがあらわれていた。B.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」は、TVアニメ「ちびまる子ちゃん」の主題歌として社会現象的なヒットを記録。明るく親しみやすいメロディとコミカルな歌詞は子どもから大人まで世代を超えて人気を得た。
LINDBERG「今すぐKiss Me」の軽快で歌いやすいメロディも、カラオケでの支持が高く、バンドブームの中心にいた若者たちの歌として広がった。TVドラマやCMにも起用され、メディアとライブシーンが結びついた90年代的ヒットの先駆けとなった。
インディーズ出身ながら異例の大ヒットを記録したのが、たまの「さよなら人類」だった。彼らの素朴で風変わりな世界観は、前年に放送開始されたTV番組「イカ天」(「三宅裕司のいかすバンド天国」)を通じて全国に広まった。
同じく、イカ天に出場した沖縄出身バンドBEGINのデビュー曲「恋しくて」も、当時の若者たちがカラオケでしっとりと歌い込む曲として人気を集めた。
また、JALのキャンペーンソングとして再ヒット(1987年リリース)した米米CLUB「浪漫飛行」や、映画『少年時代』の主題歌となった井上陽水「少年時代」、TUBE「あー夏休み」なども、聴くだけでなく“歌う曲”としても親しまれ、今なお広く歌い継がれている。
1990年は、CDの普及によって“好きな曲を選ぶ”聴取スタイルが定着し始め、カラオケの拡大によって“自分で歌う”という楽しみ方が広まり始めていた。“聴く”から“歌う”へ――この二つの流れが融合し、のちのJ-POP文化を形成していくことになる。
次回は1989年にさかのぼり、バブル経済の高揚とともに膨張していった音楽界の様子を振り返ってみたい。