1994年:渋谷がポップカルチャーの象徴になった年

1994年の東京・渋谷。スクランブル交差点の向こうにそびえるタワーレコード。坂を上がればクラブ、裏通りには古着屋や輸入レコード店。週末になると新しい音を求めて人々が集まり、音楽と街のカルチャーが生き生きと混ざり合っていた。

この年、いわゆる"渋谷系"と呼ばれるムーブメントが、街の熱気とともに全国へ広がっていった。1991年に解散したフリッパーズ・ギターの都会的ポップを原点として、小沢健二や小山田圭吾(コーネリアス)、ピチカート・ファイヴらが、軽やかなリズムや洗練されたサウンドと日常的な言葉を融合させ、新しいポップスの世界を切り開いた。

「愛し愛されて生きるのさ」小沢健二
「The Sun Is My Enemy」Cornelius
「東京は夜の七時」ピチカート・ファイヴ(1993年発表、94年にクラブやラジオで再注目)

こうした流れの背景には、80年代末の洋楽志向の若者文化があった。当時の若者たちの中には、テレビ中心のヒットチャートから距離を置き、ネオアコやボサノヴァ、フレンチポップなどを愛好する者も多かった。彼らは輸入レコード店やクラブ、雑誌を通じてゆるやかなネットワークを築き、音楽を軸にした新しいカルチャーを形成していった。"渋谷系"は、まさにそうした潮流の象徴だった。

その一方で、Mr.Children「innocent world」、WANDS「世界が終るまでは…」などのヒット曲が、CMやアニメなどを通じて全国に響いてもいた。特に、TVドラマ「家なき子」の主題歌として話題を呼んだ中島みゆき「空と君のあいだに」は、バブル崩壊後の閉塞感が社会に漂う中で「傷つきながらも誰かを思う」切実さが多くの人の心に重なった。

「innocent world」Mr.Children(コカ・コーラ「アクエリアス」CM)
「世界が終るまでは…」WANDS(アニメ「SLAM DUNK」エンディングテーマ)
「空と君のあいだに」中島みゆき(TVドラマ「家なき子」主題歌)

また、篠原涼子 with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」やTRF「BOY MEETS GIRL」など、小室哲哉プロデュースによるダンス・ポップが台頭し始め、のちの"TKサウンド"ブームの到来を告げていた。

「恋しさと せつなさと 心強さと」篠原涼子 with t.komuro(映画「ストリートファイターII MOVIE」主題歌)
「BOY MEETS GIRL」TRF(コカ・コーラ「ジョージア」CM)

やがて、この翌年に登場するWindows 95が、インターネット時代の幕を開け、人々が情報を交わすネットワークは広大な世界へと増幅していく。しかし、その前夜とも言える1994年の音楽シーンには、街を舞台にして、情報がリアルに人から人へと伝わっていく独特の熱気があった。

次回は1993年にさかのぼり、"J-POP"という言葉が広まっていった経緯と、リスナーの意識がどのように変化したか――その周辺を探ってみたい。

…to be continued