2010年:海外へ向けた視線の芽生え
2010年のJ-POP界では、音楽の作り手たちが「海外」を意識し始めていた。CDセールスが依然として音楽市場の中心にあった一方で、YouTubeやSNSが音楽発信の新たな手段として浸透し始め、アーティストたちの視線が国内から少しずつ外へ向かい始めた。
AKB48がロサンゼルスの「Anime Expo 2010」に出演したのは象徴的な出来事だった。日本のアイドルが、海外のファンの前でパフォーマンスを披露するという試みは、それまでのJ-POP文化に一石を投じた。
代表曲「ヘビーローテーション」は国内でミリオンヒットを記録し、YouTubeでは海外のファンによるダンスカバー動画が次々と投稿された。J-POPがネットを介して“海を越える”可能性を見せた瞬間だった。
Perfumeもまた、この年からアジア圏での活動を強めていた。「ねぇ」のようなテクノポップとテクノロジーの融合は、後の国際的評価へとつながるが、当時はまだ国内人気が中心。彼女たちが欧米のフェスに出演するのは2015年以降で、2010年時点では“予兆”の段階だった。
ロック勢では、X JAPAN、L’Arc〜en〜Cielといったベテラン勢が、国内ヒットチャートよりも「海外志向」へと舵を切り、欧米でライブ活動を行っていたが、支持は一部の熱心なファン層に限られていた。
2010年、J-POPの海外展開は、まだ「模索と試行」のフェーズにあったが、ここでの動きがその後の10年を変えていく。YouTube公式チャンネルの整備や、海外からも視聴できるMVの公開が進み、次世代のアーティストたちがネットを通じてグローバルなリスナーを獲得する道筋を作ったと言える。
また、経済産業省がこの年に「クリエイティブ産業」を支援対象としたことが、のちの「クールジャパン戦略」へとつながっていく。きゃりーぱみゅぱみゅやBABYMETALなどが日本らしいポップ表現の象徴として海外へ進出していくのは、その数年後だ。
2010年のJ-POPは、海外での成功にはまだ遠く、現実的には小さな試みの積み重ねにすぎなかった。それでも、この年に芽生えたグローバルな意識は、やがてネット文化の発展・進化とともにJ-POPの流れを変えていった。
次回は2009年にさかのぼり、ネット文化の土台となった動向について探っていきたい。